
殺された子供

ごめんなさいごめんなさい何回でも謝るから餓死するまでには…
ほら、目逸らしてないで見るんだよ、思い出したくないとか関係ないんだから。
袖が毎日脈を測ってくれるんでしょう??
思い出した時頭から血が出てくるから、それで垂れ流しなんでしょう。
体を固めてくるのがいやでも掻きむしるんじゃないよ。壊れるのは自分の体なんだから。
…え?また吐いたの?お腹が空きすぎて?たーけた言い訳すんなね。
一人なのにこんな散らかるとか…
あたまがおかしくなりそうだ あおいパンでもいいから、なんでもいいからちょーだあよ…
もう、にげたりなんてしないから、ゆるして。
数日後、保健所の職員が子供の家に駆けつけて、泣き虫小僧を連れ去った。
隣人は、清々したように笑っていた。
子供は、それはもう保健所がいやでいやで泣き叫んでいた。
そんな子供の真っ赤に泣きはらした顔をみた飼い主は、バカにするように笑った。
子供は、家よりもひどい檻に入れられてそこで一週間待った。
そこでは、家にはあった青いパンすらなく、水もなかった。
今まで以上にお腹が空いた。一日目でももう耐えられないような気がして、
お腹があまりにも空いて気持ち悪くなった。口の中が酸っぱかった。
しかも、何人かの奴と同じ所に入れられるから、狭くて息苦しい。
性格の悪そうな女が、「目障りだ、今すぐ死んでくれ。」と言うので、耳を壊したくなった。
目障りなのはお前のほうだよ、わかるよね?
さびしくて泣き出すと、そいつが子供をバカにした。
ずっとこんな感じ。頭がおかしくなりそう。
動くたびに「きっしょいなぁこいつ。私より絶対弱そうだわ〜」とニヤニヤしていた。
嫌すぎて顔が赤くなってしまった。そのときも、「なにあいつ、私に惚れてんの?百億年早いわ」と言っていた。気持ち悪かった。
二日目。子供は耐えられなくなって、性格の悪い女を殺した。
殴り合いだった。最初にいつものように女が子供をバカにして、それに苛立って張り倒した。
なにすんのよ、と女は反撃してくる。
本気になっていた子供は反撃の手も受け止めて、だまれと言って女の顔を思い切り殴った。
子供はもう目の下が腐りそうなほど濃い隈ができていたが、最後の力が残っていた。
女は悔しそうに泣いた。「なんで急に本気をだすの!」と。
子供は、「知らねえ!!」とそいつの口を塞いでそのまま力いっぱい唇を握り潰した。
女の顔は赤く腫れて、タコみたいだった。子供はそれを見て思わず吹き出すように笑った。
女は、もう話すこともできないようだった。なんとか何かを言おうと必死に顔をビクビクさせるのがおかしくて高笑いした。
シメに腹を踏み付けてゴリゴリ抉ってやると、おええっと内臓と血を吐き出して
女はくたばった。最後の姿勢が芋虫みたいで、また笑った。
夜中、そんな笑い上戸の子供も寝静まった頃、職員が見回りに来た。
檻の中で死んでいることもよくあることなのか、そーっと中に入って死体を片付けて出ていった。片付けてくれるだけマシだった。ついでに子供も死んでいないか確認されたが、意識はなくても体調は普通だと分かって、刑務所で使い回すようなボロい布団をかけてさっさと出ていった。
この間だけが楽になれるときだよ。起きたら地獄が始まっちゃう。
三日目。この日はなけなしの胃液を吐いていると、優しい職員が来てくれて、
かわいそうに、こんなに痩せて。とご飯をくれた。
新入りの職員らしい。おぼんを持つ手がぎこちなかった。子供はありがとうと何度も言った。
四日目、五日目と仲良くなっていったが、六日目から別の部屋担当になって来なくなった。
あんまりさびしくて、一日中泣いたよ。六日目は。
もはや息が上がりすぎて消化液を何度も吐くほど。
七日目。力尽きる寸前で、一日中気を失っていた。
この命 風前の灯火。
ついに来たんだよ、次の日は。
五時に怖い職員がやってくると、子供を叩き起こして
「今からお前を処刑する。ついて来い。」と手錠をかけて檻から出した。
「殺されるなんていやだ!家に帰して!」と叫ぶことしかできない。
動く元気もなく、体が固まっていた。
鉄で囲まれた部屋が見えてきたとき、ようやく体が動いた。
子供はさっそく暴れだした。喉がちぎれるほど泣き叫んで、なにもかもふりほどくように。
しかし女を殺した子供にもう力は残っていなくて、大した抵抗もできないままにあっけなく部屋に閉じ込められた。
何もすることができなくてただ地べたに座り込んで泣き崩れた。
「死にたくない!殺さないで!」聞く耳を持たない。
部屋の中には人一人が横になれる大きさの台と、人を縛り付けるような形をした柱と、もうすでに子供と同じくらいの年の少女が打ち付けられて糞尿垂れ流しながら死んでいる十字架があった。自分の体重で、固定された腕と脚の肉が張り裂けていて見るに耐えなかった。
しかも、子供の好みの奴だよ。
きれいに割れた傷には蛆が湧いて、腐った頭部には蝿がたかっている。
職員は後ろから言った。「お前はどうやって死ぬか決めろ。逃げたら全身めった刺しだからな。」
子供は怖くて黙り込んだ。
「どういうのか見せてやるからよく見てろ。目を離したら銃殺するぞ。」
職員は一人の小さい女の子を連れてきた。六歳くらいだった。
するとその子を床に縛り付け、鉄のトンカチを持ってきてまず嫌がっている女の子の右足を叩き潰した。その瞬間ギャア!!と叫ぶ声が響いた。女の子は大きな声で泣き出した。
次に、女の子の両手を無理やり引っ張って脱臼させたあと、トンカチで指を一本ずつ潰していった。
子供の涙はもはや枯れていた。
女の子の泣く声はどんどん大きくなっていった。
するといきなり巨大な包丁を持ってきて、女の子の左足をドンと切り落とした。
子供のほうにまで血しぶきがとんだ。
そして切った足の先を女の子の口の中に突っ込むと、乱暴に指を目に入れて目玉を抉りだした
。
それもわざと神経をつなげたまま残してあるらしい。
それからいろいろな内臓を切り取って女の子の目玉に見せたあと、それを目の前で握りつぶしていった。
最後に心臓をやって、ここに閉じ込められている別の子にわざとみえるように、壁に向かってぶん投げた。
女の子の意識はもうすでに切れていた。
次に職員は女の子の髪の毛をすべて雑に抜いた。
その髪の毛をくり抜かれた目の中に詰めて、肩、太ももを胴体から切り落としたあと、
最後に首をはねて死体は部屋の隅にまとめて投げ捨てた。その後体の皮を剥いて子供の顔めがけて投げつけた。避けた。ついでに足元には女の子の生首が転がっていた。
子供はもうあまりにも気持ち悪くて体の中の液体という液体をすべて吐き出した。
吐きすぎて喉が切れたのか血まで吐くようになっていた。
これで終わりだったら良かったのに、職員はさらに柱に少年をくくりつけて目隠しをさせて鉄砲で撃ったり、十字架の少女の横腹を刺して便を噴出させたりと、いろんなものを見せてきた。「お前はどうするんだ、早くしろ。」子供は泣いてばかりで、答えられなかった。
職員は勝手に「じゃあお前は窒息死だ。泣いても誰も助けないからな。」と決めた。
職員は部屋を出ていくと、カチャンと鍵を閉めた。泣き叫びながら必死に扉を叩くが、出してもらえるはずがない。死ぬ気で扉を引っ掻く、カリカリという乾いた音がする。
子供は閉じ込められて、息苦しくなっていった。体力だけを浪費して、ただただ泣いた。
二酸化炭素が肺を埋め尽くして、どうにも苦しい。涙も枯れてしまった。
子供は、なにか悪いことをしてしまったんだ、ごめんなさいとひどく後悔して、おとなしく倒れ込んだ。今にも泣き出しそうな、悲しそうな目で開くことのない扉を見つめた。
「もうすぐ死ぬんだ…」それが、最期に思ったこと。
苦しさが限界に達したとき、急に気持ちが良くなった。体の力が一気に抜けて、上から吊られるような感じがした。体がどんどん軽くなって、苦しくなくなって、涙もぴったり止まった。子供は死んだ。
人生のいつが幸せだったっけ?
自分を生んだのは誰だっけ?
嫌だと言ったら叩かれる、甘えていても殴られる。ましてや笑っただけで罵声を浴びせられる刑務所の中で、何が楽しかったのだろうか。
心臓が止まるそのときに、親の顔を思い出した。
本当に人生の最初らへんの、短い短い楽しかったときを思い出して、一瞬だけ苦しくなったんだよ。
せっかく生まれたんだから、大事に大事に育てられて、みんなに愛されたかった。
誰も知らない子供、もう不在。大人にすらなれずに、汚い大人に殺された。
その数分後、あの優しい職員が部屋に入ってきた。
職員は動かなくなった子供の体を抱き起こして、小さな声で「ごめんなさい。」とつぶやいた。辺りには子供が吐いた血と胃液がドロドロと広がっていた。
目からぽろぽろ甘じょっぱい水が出ていたが、袖でそれを拭うと子供の首の付け根に手を当てて、その次に胸が動いていないか確認した。何度も体中を触ったが、完全に死んでいることがわかると諦めて担架で担いで部屋の外へ出た。
一緒に運んだ同僚は、「お前今何してたんだよ、もしかしてあれか?あれなのか?」と鼻で笑った。「違うよ」と泣きそうな声で答えた。保健所の子供相手に情を入れたことを後悔した。
帰り際に見た、扉にびっしり残った爪痕を見てよけいにかなしくなった。
次の日のことだった。職員は悲しくて徹夜した。朝の五時、「昨日のこの時間までは生きてたんだよな」と思って、あちこち痛くなった。火葬場から泣き声が聞こえたような気がして、胸が張り裂けそうになった。子供が焼かれたのだ。初めて子供が笑ったときのことを思い出した。笑い声は戻ってこない。ほんとここの子供は泣いたり笑ったり忙しいんだね。
鼻をかむ音が、廊下にこだましていた。
職員は、夜勤のときに保健所の入り口で悲しそうな子供が立っているのと、あの子のことが妙に怖くて、あまりに可哀想で、保健所の職員をやめた。
その日やっとの思いで夢を見た。
子供部屋の中で、楽しそうな笑い声と、どこか懐かしくて落ち着くようなオルゴールの音が
ぼんやり聞こえてくる夢だよ。
後に職員が知ったのは、子供の家はそこそこ金持ちで、育ちの良い子供だということ、しかしどこかの拍子で親がおかしくなって虐待されたこと。
あの子供は便利な生活ばかりしていたので、我慢のできないように育って、それにしびれを切らした親が狂っていった。
20年も経ったあと、
けれど人はみんな生きてます。生きてなければ死人です。もはや人ではない、別のものです。それが…
苦しいですか。 …そうですか。