
2021年の夏ごろ、山の掃除をしていた人物Aは奇妙なものを見たという。
その山は、Aが初めて掃除したときにはひどく荒れていて、雑木林の草藪の裏に落書きだらけになったボロボロの看板が立っていて、しかもさらに奥に行くと廃村になったはずなのになぜか取り壊されず残っている荒れ果てた廃墟がただ一軒だけたたずんでいるので、不気味に思っていた。
しかし、やめるわけにもいかないのでいやいや続けて二か月経った、2021年の7月の終わりのこと。
その日はあの廃墟の近くまで掃除に行かなければいけなく、「頼む、何も起こらないでくれ」と怯えながらAは林の中を進んでいった。
係長の話によると、十九世紀の中頃にできた村で、一番栄えていた’50年代には人口が三百人ほどいる場所だったこと、しかし何らかの事件があった’66年に廃村になり、なぜかあの廃墟以外の建物がすべて勝手に消えていたことが分かった。その事件の内容というのは分かっていない。
正直Aは行きたくなかった。しかし、そのときAが頼りにしていた先輩も一緒についていくとの事で、勇気を出してふたりで言ってみる事にしたのだ。
そして祈るような気持ちで周りを掃除していると、先輩が「何か、子供の声が聞こえないか?」と怖がったような声で聞いてきた。
「え、そんなのあるわけないじゃないですかぁ」とAは無理に笑う。しかし、信じたくないだけでAにも聞こえていたのである。
何人かいるのだろうか。「兄ちゃん、おなかすいたね。」「お母ちゃんはいつ帰ってくるんか。いきなりいなくなってから、もう五日もたってる。」
二人は子供の声が怖くて逃げだしたかったが、恐怖よりも興味が勝ってしまって、あろうことかその声を聞き続けていた。
「お母さんはどこいったんだろう?このままじゃぼくたちみんな…」
そこから声は聞こえなくなった。
「あれ、聞こえなくなった。」Aは先輩の腕にしがみついていたが、気が緩んで離したそのとき。
今度は家の中の方から走るような足音が聞こえてきた。
それは二人ともの耳に入る。「これ絶対、何かいるだろ…」先輩は青白くなった顔をこわばらせて呟いた。おまけに頭が痛いとも言いだした。
「もう帰りたい…」Aはぐずり始めて、踏んだり蹴ったり。
しかし先輩は大のホラー好きで、「ねえ、ちょっとだけ行ってみようよ。帰りたかったら逃げてもいいから…」なんてことを言った。
Aは仕方なく、先輩について中を探索することにした。
足を踏み入れたとたん、物凄い劣化で床がギシッと呻いた。
「うわ、びっくりした…」ビビりなAはそれだけで驚いていた。
先輩の感性には刺さったようで、「へぇ、わりとこういうところって風情あっていいね。」と、Aには理解しがたい発言をした。
先輩がもっともっと奥に進んで、ボロボロに崩れそうになったふすまを開けた。
そして、「こんにちは~。誰かいませんか。」とふざけて呼びかけた。
すると部屋の真ん中にあるちゃぶ台の周りに、談笑する家族がうっすら見えてきたではありませんか。あの看板の落書きは子供のものだとすぐにわかった。
それはAだけに見えていた。「先輩、なにかいるじゃないですか!そこに!」思わずAは指をさして叫んだ。
「何言ってるんですか(笑)もしかしてAくん、怖すぎて幻覚見えちゃってる??」と先輩は茶化した。
日めくりカレンダーは、9月3日のところで赤鉛筆で丸が付いていて、9月8日のところにも丸がついていた。
子供が言っていた「五日もたっている」っていうのはこのことなのではないかとAは思った。
そんなことを考えていると、ひとりでに白黒テレビの電源がついた。
それはこの一家の様子を映し出したものだった。
父親はいなく、母親ひとりだけで子供三人を育てている家だと見受けられた。
ある日の真夜中、母親は子供を置き去りにして家を出て行った。
次の日子供たちが起きると三人以外誰もいないわけですから、子供たちは焦り始めます。
「お母さん、帰ってこなかったらどうしよう…」しかし長男とみられる少年が、「大丈夫だよ!勝手に出ていくわけなんてないじゃないか!」と弟たちを慰めていた。
しかし、そのまま五日が過ぎても、帰ってくることは無かった。
「兄ちゃん、お腹空いたよ…」「ごめんよ、ぼくも何も持ってないんだよ。隣のおばさんにいったら、いたずらはやめなさいって言われちゃったし…。」先輩とAはすっかり夢中になって、画面に釘付けになっていた。
「よし、じゃあ兄ちゃんが探しに行ってくるよ!ご飯もだし、母ちゃん見つかったらそれが一番いいし!見つからなくても絶対帰ってくるからふたりで待っててね。」『うん。』
すると長男は出て行った。しかし長男は、家を出てたったの数分にも足らない時間で、草に足を引っかけて頭から坂を転げ落ちた。そんなこともしらない残されたふたりの兄弟の、明るい話をして気を紛らわしている様子がテレビの左半分に映されていた。右半分には今まさに落ちている長男。そうか、カレンダーが8日のところで止まっているということは、さっき声だけで話していた兄弟は、たった今動いたことになる。
それに、次男は坂を落ちる音が聞こえていたみたいで、最後の「ドサッ」という音でどうなったのか気づいてしまっていた。
「しまった!」と思った時にはもう、0.05秒意識が追い付いてないわけね。
散々落ちた下で、長男はボロボロになって息絶えていた。
しかし長男本人は自分が死んだことに全く気が付いていなかったのか、平然と起き上がったつもりで宙に浮いていた。自分の死体すら見えていないようだ。
「あぶないあぶない、さあ、弟たちも待ってるし、気を付けながらも急いで探さなきゃ。」と体についた土を払いながら空中を歩き出した。こすれてずるむけになった頬を押さえながら。全体的にも透けていた。
Aはもうその時点で怖くて泣き出しそうだったが、先輩を置いていくわけにはいかないので見続けた。それと同時に、子供たちがだんだん可哀想に思えてきた。
長男は家に帰る事も忘れてひたすら歩いていた。しかし次の日の朝。
家に残ったふたりの兄弟の目が覚めることは二度となかった。しかし、例によって次男たちも自分の死には気づいていない。
そこから数日経った頃、長男は母親を引き連れて、やっと家に帰ってきた。母親も、夜逃げしたあとの事故で死んでいた。
母親は「あなたたち、ごめんなさい。あの人がいなくなって大変だからって、出ていく私が自分勝手だった。」と必死に謝った。
子供達は「戻ってこれたならいいよ。またいつも通りになれるんだったら。」とみんなで笑った。
…それが、Aに見えている、談笑する家族だった。
Aは、怖くなくなった。不思議と居心地の良い、何とも言えない気持ちになっていた。久しぶりに人の温かさに触れたような、柔らかい思い出が頭を撫でてくれた。
今まさに起こった事だったのである。Aは先輩に頼んで寝室に行くと、やはり子供二人分の骨があった。Aはそれをまじまじと見ていた。
先輩は先に出ていて、「早く帰るぞ。」とAを呼んでいたが、「待って。」と言ってAは子供達にこっそり「今は55年後の夏ですよ。」と伝えてから急いで先輩について帰った。
もう一度振り返ると、一家の姿は透けて消えかかっていた。
その廃墟の奇妙な現象はぴったり止まって、いつしか家自体も崩れて消えたらしいです。それから一年、今頃あの子たち、何してるんかな。と思うこの頃、近所に赤子が生まれました。三人。
END